正一郎が仕事をしていると、
澄江がコンビニへやってくる。
澄江「あなた。うちの子をタヌキのところへ連れてってくださったのは?」
正一郎「はあ。」
澄江「困ってるんですよ。タヌキ飼うなんて言い出して、」
正一郎「飼う?」
澄江「飼ってくれなきゃ来年中学も受けないって騒ぎなんです。」
正一郎「はあ、それは。」
澄江「子供の将来、めちゃめちゃになさるおつもり。」
正一郎「いいえ。決してそんな ...」
澄江「人の家の子を無断で連れ出したりして、下手すれば、犯罪ですよ。」
正一郎「ぼくは、そんなつもりで ...」
澄江「子供の誘拐事件がこれだけ問題になってるって言うのに、無神経じゃありません? 責任取ってくださいね。」
正一郎「責任?」
澄江「あなたがタヌキ飼えなんてそそのかしたんだから、あなたに口からはっきり、タヌキなんて野生動物は飼えないって、あの子に納得させてください。あの子の気持ちを変えさせるのに、あなたも協力してもらわなくっちゃ。いま、大事なときなんですから。」
正一郎は、ただ言われるままだった。。。
正一郎のアパートでクミに言う。
正一郎「俺、この街、なんだか、いやになっちゃった。誘拐犯呼ばわりまでされてさ。」
正一郎は、この街がいやになる。
正一郎「やっぱり、俺たちの住むところじゃないんだよ。この街は。」
クミ「そうかな。」
正一郎「クミは、俺がどんな不愉快な思いをしたか、分かってないんだ。みんながいる前で、散々言われたんだよ。」
クミ「じゃあ、その子にタヌキ飼うのあきらめさせればいいじゃない。」
正一郎「出来るか、そんなこと。親にも出来ないことが。」
クミ「でも、それしかないじゃない。」
正一郎「どうすればいいんだ。」
正一郎は、困り果てる。
獣医のもとで、
獣医「もう、大丈夫だ。えさも食べるようになったし、一週間もすれば退院できるだろう。君の連れの若い女の子も毎日見舞いに来るし、このごろは、6年生くらいの男の子も来る。」
正一郎は、獣医に、あることを相談する。
正一郎「その子のことなんですけど、タヌキを飼いたいとかなんとか言っていませんか?」
獣医「飼うって? そりゃ無理だろ。あんな子供が。ただ、熱心にいろんなこと聞いて来るから、タヌキの習性は説明したよ。」
正一郎「あの、実は、あの子にこのタヌキを見せてから、飼いたいって言い出して、困っているんです。あきらめさせるには、どうしたらいいでしょう?」
獣医「ううん。タヌキのためには、野性に帰してあげるのが一番だって、言い聞かせることだな。利口そうな子だから、すぐ、納得するだろう。ただし、あの子の心の中も、十分、察してやらないと。」
正一郎「え。」
獣医「あの子が、このタヌキに寄せる関心は、尋常じゃない。友達がほしいんだよ。力づけてくれる。寂しいんだ。あの子。」
夜のコンビニ、
隆がコンビニに来たところを正一郎は、呼び止める。
正一郎「時間ある?いま。」
隆「うん。」
正一郎「ねえ、ちょっと出て行く。すぐ戻るから。」
別の店員「あの子、連れて行くのかい?いまごろ、どこへ?」
正一郎「すぐそこだ。」
別の店員「気をつけろよ。」
正一郎は、隆とともに近くのタヌキのいる場所へ。
正一郎「ほら、来た。後ろから、もう一匹。たくさんいるだろ。」
隆「入院しているタヌキの仲間?」
正一郎「もちろんさ。あいつも、あんな狭い檻の中から、早く出て、仲間のところに帰りたいだろう。」
隆「だって、どうして仲間か分かるの?」
正一郎「においさ。野生動物は、においでちゃんと自分の仲間が分かるんだ。だから、人間が下手にお風呂に入れてきれいにしちゃうと、もう、仲間のもとへは帰れなくなる。」
隆「このやぶ、なくなっちゃったら、どうなるの?」
正一郎「どっかへ、引っ越していくだろう。だから、なおさら、あの入院しているタヌキ、早く、うちに帰してやったほうがいい。おいていかれちゃうと、かわいそうだ。」
隆「だったら、やぶをなくさなきゃいいんだ。」
正一郎「そうだね。あんな生き物が、すぐ近くにいっぱいいるなんて、思っただけでも、楽しいもんな。でも、なかなか難しいんだよ。これ、大問題なんだ、人間にとってもね。だから、君みたいに優秀な子は、一生懸命勉強して、研究してほしいよ。どうやったら、人間とタヌキが、いつまでも、隣同士、仲良く暮らせるか。」