スズメバチの退治を終え、帰宅する松原家を、ケイが呼び止める。
ケイ「あの、おばあちゃまがいつもうちの外に立って、向こう向いて、なんか拝んでらっしゃいます。何を拝んでらっしゃるのですか?」
嘉平「あ、うちのばあさんね。お山でしょう。お山を拝んでるんです。」
ケイ「お山?」
功一「何でも拝むんですよ。うちのばあちゃん。電子レンジがチンといっても手を合わせるんだから。」
ケイ「お山ってどこにあるんですか?」
嘉一「今日は、見えるかな?あー。ぼーっとだけ見える。
嘉一「ほれ、あそこに先のとがった山が見えるでしょう。大山って山でね。あそこに、守り神様が住んでいるって、信じてるんですよ、うちのばあさん。」
ケイ「守り神様って、どんな神様ですか? 教えてください。私も拝みます。」
嘉平「おじょうちゃん。あの山はね、昔、このおじいさん、ちょくちょく、雨乞いに言った山でね、雨を降らせてくれる神様が住んでいなさる。」
ケイ「雨を?」
嘉平「まあ、今の人に、雨乞いといってもわからんだろうか?昔の百姓にとっては、大変なことでね。」
ケイ「聞かせてください。そのお話。」
嘉平「もう、50年も60年も前の話です。この辺は、山の間の、不便なところで、みんなで、助け合って生きてきました。夏、日照りが続くと、いっぺんに、村中の田畑が干上がり、すると、若い者が、あの大山に行かされたものです。雨乞いのお水をもらいにね。あの山の上には、雨を降らせてくれる神様がおいでになられる。なぜ、若いもんが行かされるかって言うと、それは、行き帰りが大変だったからです。今みたいに、車なんてものはない。」
嘉平「行きはまだいいんですがね、帰りが大変だった。竹筒にお水をいただいたが最後、休まず帰ってこなければならん。疲れたからって、途中で、腰を降ろしたりすると、神様、そこへ、雨を降らしてしまいなさる。だから、一目散、わき目もそらさず、ここまで、かえってこなきゃならん。休まず、暑い盛りに歩きとおすのは、それは、大変でしたよ。」
ケイ「雨、本当に降りましたか?」
嘉平「降ったんでしょうね。」
功一「こんな話、初めて聞いた。」
ケイが、松原家へ、お礼を手渡しにいく。
もと子「まあ、おいしそう。これが手作りとはね。」
ケイ「母が何かお礼をって考えてたらしいですけど。私には、これしか出来ないって。」
もと子「やっぱり、外国にいらしたかたはね。」
きえ「どこに、何年くらいいたの?」
ケイ「中学に入ってすぐ、パパの転勤でアメリカに行っていたの。だから、5年くらいかな。」
きえ「いいなあ。英語、ぺらぺらね。」
ケイ「英語できたって、わたし、日本のこと、何にも知らないの。向こうから戻ってきて、よくわかったわ。ね、いろんなこと教えてね。あなたが、おじいちゃんやおばあちゃんから学んできたこと。」
きえ「教えるって言ったって。」
饅頭をもった、とめが入ってくる。
とめ「おや、きえちゃんのお友達?ちょうど良かった、こんなもの作ったんだけど。ひとついかがかな。」
きえ「おばあちゃん。この子、ついこないだ、アメリカから帰ってきたばっかりなんだよ。こんなの食べないよ。」
ケイ「いいえ。あたし、いただきます。おばあちゃんが作ってくれたものなら。」
ケイ、饅頭を食べる。
ケイ「おいしい。」
とめ「うれしいね。そういってくださると。その辺で出たよもぎで作ったんだよ。野原に出る食べられる草は、みんな、体にいいんだよ。」
ケイ「体にためになる。あの、ひとつ父にいただいていいですか?」
とめ「どうぞどうぞ。たくさんお持ちなさい。」
功一が入ってくる。
ケイ「この間は、ありがとうございました。」
功一「どうも。」
もと子「お礼にって、ケーキやいてきてくれたのよ。」
功一「あーそれは。」
きえ「お兄ちゃん。こっち(ケイのとなり)くれば?」
功一「(とめに)おじいちゃんは?」
とめ「竹やぶにいるはずだよ。」
功一「じゃあ、ぼくは、ちょっと失礼します。」
功一、竹やぶへ。
功一「おじいちゃん。」
嘉平「なんだ、珍しいな。坊主。」
功一「坊主は、よしてくれよ。来年は、社会人だぜ。」
嘉平「ついこないだまで、お母さんのもとでぴーぴー泣いてた。」
功一「それよりさ、おじいちゃん。もう、こんな仕事大変やろ。いつまでやる気?」
嘉平「なあに。慣れた仕事や。ほれ、みろ、もうたけのこが出てきておる。このくらいのときは、若くてうまい。」
功一「たけのこなんてどうでもいいよ。それよりさ、ぼくらの部屋来て隠居したらどう? ぼくも、社会人になったら楽させるから。」
嘉平「別に苦労なんかしとらん。」
功一「いられないんだよ。あぶなかっしくて。おじいちゃん、この辺、青葉区って変ったの知ってる?」
嘉平「知らんなあ。」
功一「ここはねえ、もう、田舎じゃないんだよ。都会人の金持ちばっかり住んでるんだ。火でも出したら、ちょっとばかりの保障じゃすまないんだよ。」
嘉平「火の粉は出さんような、火のくべ方をしているから、大丈夫だ。たしかに、かやぶきは、火に弱い。だが、私が、正気で生きてる間は安心してろ。もし、ぶっ倒れたりしたら、あの家、取っ払ってしまえ。ああいう、昔の家は、正気で、体が丈夫でないと持ちきれん。その代わりな、坊主、この竹やぶ残してや。」
功一「竹やぶ?」
嘉平「災いが怖いなら、この竹やぶ大事にしろ。竹は出るだけじゃない。まず、火に強い。見ろこのねっこ、これだけ、しっかり地面を覆っていれば、地割れなんてできっこないから。一番安全だ。グラットきたらここへ来い。」