第4話「公園の多い街」


ストーリー(8)

諭す男「樹齢600年、南北朝後期の生まれだそうです。そこの石碑に書いてあります。でも、それだけだったら、別に驚くことはない。びっくりするのは、この木が、一度、掘り起こされて、ここに移し植えられたってこと。どうです。いいですか、600年かかって、土の中に張り巡らした根っこが、断ち切られて、この新しい場所に、植えられたんです、この木は。」
自殺志願の男「いいですね、木は。600歳でも再起できる。」
諭す男「何を言ってるんですか。この木にとっても、これは、大変な試練でしたよ。わたしは、ちょうど、ここに居合わせましてね。この木が、道路の向こう側から、ここまで、運ばれて来るのを、一部始終見ていました。」

2人の男、萱の木の前へ
諭す男「枝という枝は、全部、短く切り取られ、根っこからてっぺんまで、包帯みたいに、縄がびっちり巻きつけられていました。トレーラーに横たわってるところは、まるで、お釈迦様の涅槃像のようでしたよ。」
自殺志願の男「じゃあ、そのまま、死なせてあげたほうがよかったんじゃないですか?開発の邪魔になるんだったら。」
諭す男「いやいや、でも、みんなで助けた。価値のあるものだったからです。そりゃあ、わたしもね、こんな、年取った木が、はたして、新しい場所に根付くかどうか。そりゃ、心配でしたよ。で、時々、見に来ました。そしたら、だんだん、葉っぱが出てきて、秋になったら、こう、実をいっぱいつけているじゃありませんか。感動しましたね。この世に生まれてくるものの、価値のないものなんて、ひとつもないんですよ。」
自殺志願の男「でも、運、不運はありますよ。この木は、たまたま、運がよかったんだ。」
諭す男「そりゃ、確かに。運もよかった。でも、生命力も強い。わたしはね、この木が横たえられて、目の前をしずしずと運び込まれていくとき、思わず、飛び出しましてね、梢のところをこの手で、触らせてもらいましたよ。だって、こんな大きな木のてっぺんと握手するチャンスなんて、2度とないですからね。」

諭す男「さあ、あなたの手をお出しなさい。この手はね、600年の前のきわめて生命力の強い、運のいい、この木のてっぺんと握手した手です。さあ。あなたも、この手から、この木の強い力をもらってください。」

男2人が固い握手を交わす。
諭す男「今度の変動で、打撃を受けたのは、あなただけじゃない。わたしだって、いつ、大波をかぶるか知れたものではない。これからの時代、まだまだ、大波は押し寄せてきますよ。その都度、死ぬの、消えるの、言っていたら、命がいくつあっても足りやしない。さあ、元気を出してくださいよ。わたしも、あなたを助けてあげますよ。全力を挙げて。この手でね。」

自殺志願の男は、笑顔でうなづいた。

母親「あの、お願いです。この子にも、握手を。」
諭す男「ははは。ぼうや、ぼうやはね。おじさんが抱っこしてあげよう。」

諭す男「この木のように、強くなれ。偉くなれ。立派な人になれよ。大きくなれよ。この木のように強くな。」

(第4話 完)

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